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8934 長さのものさし 削除
名前: nesu  投稿日: 2008年11月16日 (日) 06時20分14秒
一日が長く一年が短いのは年寄り
一日が短く一年が長いのが若者
らしい。
言われてみればそうかな。
もう年の瀬が近い、もうという言葉がでてくる。

ところで昨日お客さんに呼ばれて出かけるとき鏡を見た。
そこにはヨレヨレ姿の自分がいる。
汚れてもいい仕事用の衣服とはいえハリの無くなった衣類は
あまりにも年寄り臭い、ハンセイした。

姿格好はヨレヨレに見えても精神的にはまだまだハリを持っている
と思っていたが、自分のヨレヨレ姿をみて輝きが無いのにオドロキ。
果たして精神面にハリはあるのだろうか。
あると思いたいが他人が見たらヨボヨボ爺なんだろう。

とにかくショックだった。

8938 名前: nesu  投稿日:2008年11月16日 (日) 20時40分44秒 削除
http://takedanet.com/2008/11/post_5b71.html
時間の過ぎ方

 この教授の見方・視点がおもしろい。
方言で言えば「ユクムニーがウムサッサー」

疲れた、遊び疲れだ。
オヤスミ


8935 名前・変換 削除
名前: nesu  投稿日: 2008年11月16日 (日) 06時30分24秒
アフリカで漁船が海賊グループに襲撃されて
ソマリアへ向かうように指示されている、とのニュースがあった。

船長の名前は画面に出ていたがアナウンサーは
読み方は判りませんがと断りの言葉を添えていた。
私は直ぐウチナーンチュだと分かった。

表示された名前が”久貝”だったから。
今NHK7時のニュースで沖縄出身とと告げていた。
沖縄の姓は独特なのだろう。

久貝もイッパツで変換できた。
比嘉、大工廻、保栄茂もすぐにでてくる。
さてなんと入力したか分かる?

ウチナー語辞典を追加してあるので地名人名は直ぐに出るようになっている。
時には邪魔な場合もある。
”さき”と入れたら酒が出るときもある。
いかに”サキ飲まー”でもパソコンにまで言われたくない。(笑)


8872 中国旅行 削除
名前: nesu  投稿日: 2008年10月28日 (火) 20時19分24秒
 今回の旅行は先ごろ大地震が発生した四川省の九塞溝を妻と二人で見ることでした。地震の影響で観光が出来るか、其処まで行けるかどうか気がかりでした。8月には九塞溝はほぼ無傷で観光も再開されているという情報があり、9月には陸路も通れるようになったというので安心して出かけました。
ただ10時間以上もバスに乗るのはイヤだと妻が言うので飛行機利用となってしまったのがザンネンです。地震による被災状況をこの目で見たかった、でも権力保持者に歯向かってまで自我を通すほどのアホではありません、私は。(自嘲)

またラサまでの鉄路青蔵鉄道に乗るのももう一つの柱でした。
これもビザことを中国旅行関係のMLで指摘されて危ぶまれましたが、結果的には中国の大らかさ(?)利権体質(?)のおかげで無事乗れました。

 ーー チベットに入るにはビザ以外にパーミットっと証する書類が必要です。これは個人で取得することは出来ないようです。旅行社を通してしかもチベットでの全旅程を旅行社が仕切らねばならない仕組みです。 −−

結果的には両方とも出来たのでよかった。ラサに関しては中国に渡ってから旅行社と打ち合わせをして、九塞溝を見物している間にパーミットを取ってもらいました。でも3泊のホテル代と駅・空港と市内の送迎、それに要るとも思えないガイド料とパーミット取得で2万円も取るのは高い。しかしチベットへ行くにはこの方法か又は運を天に任せてコッソリ入るかしか無い。

 ガイドは日本語をしゃべるとのことだったが、しゃべれることにチガイは無いけどこちらの質問を理解しているとは言い難かった。
それでも満足できた旅でした。

ホーム : http://www.doblog.com/weblog/myblog/43778

8888 名前: 石川誠司  投稿日:2008年11月01日 (土) 09時54分56秒 削除
普通に生活しているチベット人とはおしゃべりをする機会はあったんですか。

もしかしたら風景をながめることしか許されないのかな。

ラサと言えば、地面に平伏しながら巡礼する人がいるという話を聞いたことがあり
ますが、あれってラサでしたっけ?

8889 名前: nesu  投稿日:2008年11月02日 (日) 06時37分49秒 削除
現地の日本語ガイドは、日本語が出来るとはいえ必要な事柄が言えるだけで、
こちらの質問を理解して返事するほどの力は無かった。
それでラサの印象は全くの独り善がりです。

少数民族
 中国政府は少数民族に対してはタイヘンな気配りをしている。
ただ・・・それがその民族の心を掴んでいるかといえば問題はあるでしょう。異民族支配を受けたウチナーンチュは感覚的に分かる。
それでも彼らは本気で一生懸命対策に取り組んでいる。それはテレビを見て感じ取りました。宣伝といえば宣伝でしょうが、そんなに軽いものではない。

 明治30年代に仏教の教義を学ぶためにチベットに密入国までした河口彗海師の「チベット旅行記」を読んで、おそらくチベット解放の頃も同じような生活であっただろうと思った。チベットが”解放”されるにはそれなりの理由が存在したと思う。チベット周辺のチベット系の住民が暮らしている地域も解放の様子を「長征」で読んで、うろ覚えながらそれなりの状況があったと思う。
今回の旅で、チベット系住民が多数を占めている地域のチベット仏教の寺を見物していると、解放に至った経過と思われる絵が寺の塀に描かれていました。
解放の正当性、必然性を知らしめているように思えた。

 少数民族の心を党はどのような形で吸い上げるのか興味を持って見ています。ただフリーチベットを叫ぶ人を胡散臭い目で見ている私です。
胡散臭さを感じる理由は、ウチナー独立を叫んだ時に彼らは応援してくれないだろうと感じるからです。(笑)

体倒置礼
 ところで五体倒置礼は聖地では何処でも見られる光景だと思います。私はラサしか行っていませんけど、ポタラ宮やお寺、その周りでも見られました。手や肘膝あてなど身体を守る小道具もあります。聖なる場所を廻る時は尺取虫のように進み、お寺の門前付近では一箇所で繰り返しています。門前で行なう人はマットのようなものを敷いていました。しかしアレを見ていると信仰心の厚さを感じます。
と同時に、宗教はアヘンと同じだという論を思い出した。(笑)

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8891 名前: 石川誠司  投稿日:2008年11月02日 (日) 12時26分47秒 削除
>胡散臭さを感じる理由は、ウチナー独立を叫んだ時に彼らは応援して
>くれないだろうと感じるからです。(笑)

たしかに沿うかもしれませんね。(笑)

>ところで五体倒置礼は聖地では何処でも見られる光景だと思います。

そうだったんですか。
信仰とはすごいものだとは思うけれども、自らが崇敬するものに対してあのような
形で礼拝することには(否定的ではないけれど)違和感を感じてしまいます。

ところで「五体倒置礼」をする人たちの心象風景というものを覗いてみたいものです。

8893 名前: nesu  投稿日:2008年11月03日 (月) 04時52分47秒 削除
ポタラ宮
 ポタラ宮は完全に観光施設化されている。坊主は部屋の見張り番程度の人数役割でしかない感じがする。政治宗教の中枢に坊主を多数おいておくとロクな事は無い判断したのでしょう。

かつての宗教・政治の中枢であった建物を観光施設化して形骸化することによって、ダライラマの権威を落とすことにも繋がるのでしょう。
先日の騒動のときは多分ジョカン(大昭寺)の僧が主導したと思う。あそこには大勢の坊主がいた。

 参拝する信者は何がしかのお金を寄進する、大方の人は1元を両替して(1元=10角)好きな仏像ないし偉人の像の前に置く。その両替は寄進されたお金が山積みされた台、お盆から勝手に両替している。係員はいない、つまり誤魔化す人、くすねる人はいないということだろう。
街なかには物乞いが大勢いるが仏さまに寄進されたお金を盗るなんてことは考えもしないようだ。これには感心するやら違和感を感じるやら信仰心に脱帽です。

 ガイドにチベット人用の食堂に連れて行ってもらい、チベットうどんを食べた。妻は口に合わなかったようでたくさん残した。そこに物乞いの女の子が来た。断ると素直に帰ったが今度は食器を持ってきて残したものを貰っても良いかという仕草をしたので頷くと移しかえて店を出て行った。

 また街の道端で休んでいると手を出してきた子供にミカンをあげた。ニコッと笑った顔はやはり子供の顔でかわいい。
このような子どもは多い。ラサは巡礼者が多いのでそれなりに稼げるのだろう。

 五体倒置礼(バハラナ アルバムに写真をアップ)をしている人にはその苦労に対する尊敬なのかお金を渡す人を度々見た。彼らも指にお金を挟んで尺取虫のように進んでいる。こういう善意に支えられて巡礼が行なえるのだろう。

人が大勢いるところでは子供が五体倒置礼をしている。お金目当てだろうと思う子もいた。1角渡すと”これポッチか”という言い方の言葉が返ってきた。(言葉が分からないのであくまでも推測です。)もの言わぬ仏像に出すべきだったか。(笑)

ホーム : http://www.doblog.com/weblog/myblog/43778
8894 名前: 石川誠司  投稿日:2008年11月03日 (月) 10時42分53秒 削除
>五体倒置礼(バハラナ アルバムに写真をアップ)をしている人にはその苦労に
>対する尊敬なのかお金を渡す人を度々見た。彼らも指にお金を挟んで尺取虫のよ
>うに進んでいる。こういう善意に支えられて巡礼が行なえるのだろう。

日本のお遍路さんに対する沿道の人々による施しと似たような意味があるんでしょうかね。

それにしても、信仰や祈りってのは何なのでしょうね。

8908 名前: 愚 直  投稿日:2008年11月07日 (金) 22時37分31秒 削除
>1角渡すと”これポッチか”という言い方の言葉が返ってきた

フィリピンのストリートチルドレンとよく似た印象です。

8925 名前: ご飯  投稿日:2008年11月12日 (水) 11時16分09秒 削除
>>1角渡すと”これポッチか”という言い方の言葉が返ってきた

>フィリピンのストリートチルドレンとよく似た印象です。

お金では良くあることですが、不思議なことに食べ物に関しては、
こんなリアクションを受けたことが無いです。

ホーム : http://blog.canpan.info/nnjk/

8913 中国旅行(その二) 削除
名前: nesu  投稿日: 2008年11月10日 (月) 14時11分47秒
中国人
 中国人向けのツアーに乗った。二泊三日のバスの旅で、交通費・宿泊費・食費で6000円ほど。観光施設の入場料は別途徴収される。私たち夫婦のみ中国規準の三ツ星ホテルにしたのでこの値段、並みの料金は4000円だった。乗り合いバスで其処まで行くのに片道1500円掛かるのでツアーを利用するのが安くつく。

 40名中たった2人の外国人(私たちのこと)なので気楽に振る舞った。中国人は中国人で自己主張が強い(勝手な人たち?)なのでお互いさまの面がある。それでもオバチャンはお菓子やら果物を分けてくれる。

 ご飯のときはこれも食べろアレも食べろと勧める、その代わりというかロープウェイに乗るために30分以上も並んでいたら、あのオバチャンたちが来て、”あらここに居たの!”という感じでニコニコ笑いながら割り込みをする。コンチクショウと思っていると、なんと更に10数人抜いた場所に移動している。呆れを通り越して脱帽しました。(笑)

 露店でオミヤゲを買おうとしたらそのオバチャンたちがガチャガチャ喚いて値引きさせて、既に支払った代金から値引き分を返金させてくれた。凄いパワーのオバチャンたちでした。

 これには伏線があり、初めてのトイレ休憩の時のこと、いつものことだがトイレ前に女性はズラ〜ッと並ぶ。それでそのオバチャンたちに男子トイレを使ったらと身振りで伝えた。笑いながら応じていたが中から男性が出てきて大笑い。この出来事があったので”アナタは愉快な人ネ”と思われてクサイ仲になったのです。

 中国には少数民族がたくさんいるので、外見では外国人かどうかは分かりにくい。それにツアー客も寄せ集めなので、言葉は通じても客同士で話し合わず仲間同士の会話が主である。交流するかどうかは言葉以前の問題である。
オバチャンたちと関わりを持ったのも何かの縁があったのだろう。

8916 名前: 石川誠司  投稿日:2008年11月11日 (火) 00時40分52秒 削除
なんだかすごく良い体験をしたんですね!(笑)

ところで、おばちゃんたちはnesuさんたちが日本人だということを知っているんでしょうか。

8919 名前: nesu  投稿日:2008年11月11日 (火) 10時01分10秒 削除
ツアーは寄せ集めなのでガイドが主導して、
グループごとに代表者から紹介させていた。
はじめは自己紹介をしていると気づかなかった、なにせ言葉が分からないので。
ひと通り終り後は日本人だけなのでバスさせるというようなことをガイドが言うので
私が意を決してマイクを握り一応中国語でひと言話をしました。

通じたかどうか・・、話したことの半分以上は理解してもらったでしょう。
中国は何回目か、何処へ行ったことがあるかなどを聞かれた。
きっとその場にいたみなさん並みかそれ以上の地域を廻っていると思う。
北京、西安、桂林、上海、蘇州、香港に台湾(中国に含めるのは問題だけど)
それに今回は九塞溝、これからラサへ行くと言うとちょっとザワメいた。
内心鼻高々でした。(笑)

8920 名前: nesu  投稿日:2008年11月11日 (火) 10時01分42秒 削除
観光警察
 またまたチベットの話です。その前に
エジプトはルクソールでのテロ事件ー1997年ハトシュプスト葬祭殿で起きたテロで63名の外国人観光客が死亡ーを契機に観光警察というのを作り、全ての観光関連施設の警備を重装備で行なっている。また観光バスに私服が同乗することや地方都市間の移動際には時間を指定し隊列を組ませて警備するなどもしている。

 ラサで感じたのは軍人の多さです。大昭寺の周りを一周する道は巡礼コースとなり時周りで何周も歩くそうです。てれんパレンと歩いて30分足らずのコースです。そこにはミヤゲ品屋から食堂・旅籠などシュシュ雑多な店が並んでいる。バルコルと呼ばれ門前市で人通りも多い。

 そこを1グループ5・6人の兵士に何分かおきで出会う。距離にすると数百メートルおきという感じ。迷彩服の兵隊が銃を手にして巡回する様は見ていて嫌気がする。威圧して封殺するつもりだろうが不愉快だ。
エジプトの観光警察的なものを導入すればいいものを。ついでに服装もガラッと替えて華やかにし観光客を楽しませるようなヤツがいい。独立派および僧侶を表・裏ともこっぴどく痛めつけただろうからもっとソフトな戦術でもいいと思う。

 異民族支配をうけた者から言うなら、形だけソフトにしてもダメなモノはダメだが、それでもカッコウだけでもやってみたら! という感じがした。
この辺りは自己矛盾かな。(笑)

観光客の目から見ると工夫が必要だ。
ヴィナロードだったかな”人民の海へ”、これはボルシェビキのスローガンだが、中国共産党もお家芸だろうに。


8898 黒人大統領 削除
名前: 石川誠司  投稿日: 2008年11月05日 (水) 13時13分21秒
アメリカ合州国の大統領選が終わり、オバマ氏が当選したようだ。

キング牧師の「夢」が実現したと言えるのかもしれない。
死にかけのアメリカ合州国が少し快復するのかな。

8899 名前: KOKIN  投稿日:2008年11月05日 (水) 14時32分19秒 削除
暗殺されなければいいのですが・・・・。
これで暗殺されたら世界で一番の危険国家ということが証明される。
北やイラク、イランなんかよりも。

8903 名前: nesu  投稿日:2008年11月06日 (木) 07時58分01秒 削除
アメリカ大統領選挙、海外ネットユーザーの声から
確かに一面真理だ。(笑)
  --------
しかし、オバマは確かにしっかりした候補者ではありますが、ブッシュの次なんて、ちょっとずるいですよね。誰でも賢く見え…る…。

http://labaq.com/
の何処かにあります。

ホーム : http://www.doblog.com/weblog/myblog/43778

8900 業務連絡 削除
名前: KOKIN  投稿日: 2008年11月05日 (水) 14時33分25秒
メールしてあります。
よろしく。

8902 名前: 石川誠司  投稿日:2008年11月05日 (水) 20時59分39秒 削除
返信が遅くなってすみません。

たった今、返信しました。


8887 KKK雑記 削除
名前: 石川誠司  投稿日: 2008年11月01日 (土) 09時49分07秒
木曜日から金曜日にかけて、生徒ボランティア研修会合宿を行った。

21人の生徒ボランティアと2人のお母さんと7人のスタッフが参加しての
にぎやかな合宿だった。

今回は遊びを中心にした合宿になったが、ボランティアたのちの多くが研修の
意味を理解し始めてくれたようで、今までよりも成果があがったような気がする。

合宿中、我が家の瞬間最大人口は40人だった。(笑)

研修合宿についての詳細はまた後ほど。

8895 名前: 石川誠司  投稿日:2008年11月03日 (月) 10時48分04秒 削除
今回の生徒ボランティア研修の内容に、私はあまり関わらず他のスタッフに任せて
みた。忙しかったので中途半端になるのを恐れたということもあるが、私以外の
スタッフが計画するとどんな内容になるのか興味もあったのだ。

結果として、生徒たちが自由に話し合う場面が多く、また遊びや自由時間もたくさん
とられていて、なかなか良い合宿ができたと思う。

今回の研修では、ボランティアとしての心得を再確認するという課題のほかに、
12月に行う予定のクリスマス会に関して、生徒ボランティアたちから意見や
希望を募るという目的もあった。

また、最近になってKKKの正式メンバーになってくれた日本人女性を生徒たちに
正式に紹介するという時間も設けた。

8896 名前: 石川誠司  投稿日:2008年11月03日 (月) 10時52分34秒 削除
クリスマス会に関してあえて私から生徒たちに提案したことがある。

それは「自分達の日常生活を芝居にして演じる」というものだ。

日常の出来事やそのときどきの自分達の気持ちなどを芝居にして大人や親たちに
披露して欲しいのだがどうだろうかと尋ねたところ、ほぼ全員が大喜びで積極的に
賛成の意思表示をしてくれた。

芝居のないように関しては、原則として生徒たち自身が考えることにして、
そのための実行委員を募ったところ15人ほどが名乗り出たので、後は彼らの
裁量にまかせることになった。

どんな芝居が出来上がるか、今から楽しみなのだ。

8897 名前: 石川誠司  投稿日:2008年11月03日 (月) 10時55分56秒 削除
そういえば、新たにKKKに参加してくれることになった日本人女性が、研修会の
様子をみながら驚いていた。

子供たちが元気一杯に話し合いをしたり、一生懸命に他人の話に耳を傾けたり、
そういう場面を今まで見たことがなかったとのことで、KKKの生徒たちの活発さ
に感激したのだそうだ。

そりゃぁそうだろう。それこそがKKKなのだから。(自慢笑)


8886 神話的時間 削除
名前: 石川誠司  投稿日: 2008年10月31日 (金) 00時10分59秒
もう10年以上前に出版された本なのだが「神話とのつながり 175編の
メッセージ」(熊本子どもの本の研究会)という本を読んだ。

随分前に知人が寄付してくれた本だったのだが、題名に抵抗感があって読まずに
放っておいた本なのだ。

本棚を整理していてこの本が気になって読み始めたら、実に興味深い。

知識的あるいは情報的に興味深いのではなく、読めば読むほど夢心地のような
気分にさせられる内容なのだ。

「神話的時間」というのがキーワードになっていて、まずは鶴見俊輔さんに
よる基調講演があり、その話を元にして日本全国の一般市民たちが鶴見さんの
話に刺激を受けて自分にとっての「神話的時間」を短い文章で語ったものを
集めてできた本だ。

「神話的時間」というのは「論理的時間」または「現実的時間」とは別の
「夢のような時間」とでも呼べるような時間とその間の感覚を指すようだ。

たとえば、ある児童書を子どもに読み聞かせている間に子どもと共にその
物語の中に心が埋没しているようなとき、そういうのを「神話的時間」と
呼んでいるようだ。

あるいは、人によっては、小さい頃に森で遊んだときの不思議体験であるとか、
おじいさんおばあさんからいろいろな話を聞いたこととか、「神話的時間」の
具体的体験内容は人により千差万別だ。

この本を読んでいて思ったのは、どうやら私は人生の中でやたらと「神話的
時間」を体験しているような気がするということだ。

一つには、天気の良い日に空に浮かぶ雲を眺めてぼけっとしているときとか、
バスに乗っているときに妄想にふけっているときとか、そしてKKKの活動で
子供たちと大騒ぎしているときとか、そういう状況のすべてが私にとっての
「神話的時間」であり、この本を読むことで、そういう「神話的時間」が
人生の中にたくさんあることの幸福をあらためて意識化させてもらうことが
できた。

しかし、現実的時間に追われて生きている人たちには、私のような人間は
単なる現実逃避癖であるか大ボケ野郎でしかないのだろうと推測する。(笑)

8890 名前: nesu  投稿日:2008年11月02日 (日) 06時45分36秒 削除
>「神話的時間」というのは「論理的時間」または「現実的時間」とは別の
>「夢のような時間」とでも呼べるような時間とその間の感覚を指すようだ。

私はいつも妄想している。
机に向かっているとき
バイクに乗っているとき

その時間について、理論的肉付け、マシな言い回しをすれば
カッコよく神話的時間と呼べるかもしれない、と思った。

いや、その時間が神話的時間・空間だと勝手に喚けばいいのかも・・・

ホーム : http://www.doblog.com/weblog/myblog/43778
8892 名前: 石川誠司  投稿日:2008年11月02日 (日) 12時40分27秒 削除
>いや、その時間が神話的時間・空間だと勝手に喚けばいいのかも・・・

そうそう、それが一番。

というよりも、日常の時間とは違った時間・空間にはまり込んでいる状態を
「神話的時間」として括ってみると、いままでとは違った見方ができるように
なります。


8881 どうでもいいのですが・・・ 削除
名前: KOKIN  投稿日: 2008年10月30日 (木) 08時50分34秒
私の名前を勝手に使わないで貰いたい。
使用料とか貰えないのかなぁ・・・・?

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081029-00000017-oric-ent

8882 名前: 石川誠司  投稿日:2008年10月30日 (木) 10時55分04秒 削除
(爆笑)
8883 名前: nesu  投稿日:2008年10月30日 (木) 19時07分37秒 削除
可愛いじゃない!
実物よりもはるかに。(笑)

>使用料とか貰えないのかなぁ・・・・?

あのキャラを無断使用したらそれでチャラ。

ホーム : http://www.doblog.com/weblog/myblog/43778
8884 名前: 愚 直  投稿日:2008年10月30日 (木) 19時13分55秒 削除
>私の名前を勝手に使わないで貰いたい。
可愛いですね。
私の名前なんか、誰も使わない。だって、愚(バカ)なんだもん。


8875 「反貧困」 削除
名前: 石川誠司  投稿日: 2008年10月28日 (火) 21時59分19秒
先日、KOKINさんからいただいた「反貧困」(湯浅誠 著)という本を
読んだ。

我が意を得たり!といいたくなるような内容の本で、まだ日本にもこういう
冷静な目で社会的弱者を見ることができるインテリがいるのかと、少し安心した。

要は、貧困というものの根本は社会的な背景があるのであり、個々人の努力や
責任感などにその原因を求めるのは間違っているという主張が、いろいろな
事実や統計を使って分かりやすく説明されている本なのだ。

私に言わせればあまりにも当然のことが書かれているわけで、それだけに
作者の物言いは自然で無理がなく、ごまかしもなく、とても理解しやすい。

現代日本の問題点を考える糸口を求めている人にはお勧め!
特に若い人たちに読んで欲しい。

8876 名前: 石川誠司  投稿日:2008年10月28日 (火) 22時07分25秒 削除
「反貧困」の中で次のような言葉が紹介されていた。

センの貧困論というのだそうで、アマルティア・センという学者さんの主張だそうだ。

「貧困は単に所得の低さというよりも基本的な潜在能力が奪われた状態と
見られなければならない。」

「貧困とは、受け入れ可能な最低限の水準に達するために必要な基本的な
潜在能力が欠如した状態としてみるべきである。」

まったく同感!

8877 名前: 石川誠司  投稿日:2008年10月28日 (火) 22時11分12秒 削除
本の中でも書かれていたのだが、私は貧困状況の解消が平和構築の有効な手段の
ひとつだと信じている。

また、貧困者の放置や貧困者を生み出すような社会構造の放置は、結局のところ
その国の内部を不安定にするだろうし、やがてはその国を滅ぼすことになるの
だろうと思う。

そして、経済合理性という観点から言っても、貧困者を生み出す構造の放置は
実に不経済で非合理的だと思う。

ちょうど、他人への不信感をあおることで武器の所有を認め、武器の所有者が
多数存在することから、ますます他人への不信感がつのる、そういう社会の
不経済と非合理と共通する面がある。

8880 名前: KOKIN  投稿日:2008年10月30日 (木) 08時46分57秒 削除
貧困に関してどちらかというと自己責任的な考え方でした、この本を読むまでは。
100%変わったわけではないのですが、かなり自分の中で考え方が変わった
気がしています、この本を読んで。


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